大阪城を築城したのが始まり
瀬戸内海近郊で採掘される銘石は幾つかあるが、今回紹介するのは「青木石」。香川県丸亀港の北西約11キロメートル浮かぶ石の島・讃岐広島で採掘される。現存する資料からは「明治18年3月に島内の青木浦字甲路に石切場を開いたのが青木石の基礎」となっている。しかし、豊臣秀吉が大阪城を築城した時にも巨大な石がこの島から運び出されたといわれており、その歴史は古い。

色調は青系でその濃さにより黒口、青口、白口に分かれる。半分以上は墓石材(主に外柵)として出荷されていることが多く、造園、建築用などにも利用されている。
瀬戸内海、塩飽諸島の中で
大きい「広島」
この広島は面積11.84キロメートル周囲19.09キロメートル、人口525人。瀬戸内海、塩飽諸島28の中でも最も大きく、広い島。島内にある弘法大師が修行したといわれる山「心経山」で青木石は採掘されているのだ。昨年は年間で20万トン以上(土木用材なども含む)を採掘した。









うちわの生産量は全国の90パーセント以上―
広島のある丸亀市は、丸亀城の城下町400年の歴史をもつ。香川県のほぼ中央に位置し、瀬戸大橋から西へ約5キロメートルところにある。うちわの生産量は全国の90パーセントを占めており、「うちわのまち」としても有名だ。

北は瀬戸内海国立公園に面し、沖合には、歴史を彩った水軍のふるさと・塩飽諸島が浮かぶ。近年では瀬戸大橋などの交通網の発達により、新しい四国の玄関口となる中讃の中核都市として活躍している。
金刀比羅宮宝物館は青木石を使用 

「こんぴらさん」の名前で親しまれている金刀比羅宮。このお宮の石の使用量はかなりなもので、石段、石垣、石灯籠など一見の価値ありだ。中でも今回注目なのが、国の登録文化財に指定されている宝物館。青木石を使用しているのである。香川県知事の認可を得て建立されたこの宝物館は明治38年に竣工。「和洋二階建入母屋造」の当時としてはモダンな建物で、金刀比羅宮社務所には、いまも建設時の正面図、平面図、側面図等が残されている。そこにはしっかり「青木産花崗岩」と記されており、さらには宝物館脇にある、簡単な宝物館の由来が記されている石碑にも「花崗岩」と刻まれる。実際に石目を見ても青木石とわかり、そして、石材施工技術の高さには驚かされる。
山の神、そして烏天狗のはなし
青木の石材業者は毎年、1月9日、5月9日、そして9月9日の三日間を「山の神の日」として、神社で山の神様の祭壇を奉っている。自然の恵みである石に感謝するとともに、作業安全を祈願するためだ。また産地には、あることをきっかけに烏天狗が石屋さんを一目置くようになったという「烏天狗のはなし」といった小話も存在する。
 
常に石に感謝することを忘れず、また天狗にも一目置かれるのが青木の石材業者。そんな彼らが採掘する青木石は、瀬戸内の立派な銘石だ。

◎青木石材協同組合 0877‐29‐2725