美しい桜色を放つ姫神小桜石


岩手県玉山村の姫神山(標高1123.8メートル)からは淡い桜色を放つ花崗岩『姫神小桜石』(以下、姫神石とする)が採掘される。いまから15年ほど前には10軒ほどの業者が採掘していたが、90年代後半から中国製品の影響により業者数は激減。いまも採掘しているのは白椛石材(白椛健司代表)を含めわずか3社しかない。

「最盛期(約15年前)には当社では年間2万5000切を採っていました。注文に追いつかないほどで、毎日のように4トントラックが丁場で待っていました。いまは月に1000切ほどに減っています」

そう話すのは白椛健司代表のご子息で、現在、同社の原動力ともなっている司さんだ。司さんは高校時代に「夏の甲子園」に2大会連続で出場したほどの腕前を持つ野球人。厳しい状況も、持ち前のガッツと快活さで打破している。

「営業や情報収集を始めたのは5年前からです。いままでが良すぎたんですね。地元での認知度はとても高い石ですが、他県ではほとんど知られていない。自分で動くようになって知名度の低さを実感しました」

それから司さんの動きは活発になった。福島などの他県にも原石を持って行くようになり、そうすると想像以上に大きな反響がかえってくる。もちろん「いい石だな」という声だ。


心強い石材店の存在

もともと姫神石は県内、特に地元玉山村や盛岡市などでは珍重されてきた石である。墓石はもちろん記念碑や橋の欄干、街のいろいろな場所に使用されている。中国製品がたくさん使用されるようになった今日でも、盛岡市内の石材店は工場を持って営業しているところが多い。自社加工のお墓を販売しているのだ。そういう石材店は山元同様、姫神石に誇りを持っている。

「採掘量の約7割は、いまでも地元の石屋さんに出荷しています。皆さんの姫神石に対する想いには感謝しています」

そう言って司さんは牛kエ石材店(高橋タミ子社長)に案内してくれた。

牛kエ石材店は盛岡市内に展示場を持って営業をしている小売店である。しかし中国製品の扱いはわずかで、全体の八割ほどが姫神石のお墓である。玉山村に自社工場を持ち、7人の職人さんがいまでも心を込めて姫神石を加工している。

「いいものはいい。地元で採れる石だから、気候や風土にも合っています。姫神石はこれからも使いつづけたい石ですね」

と高橋社長。司さんにとって、何よりも心強い言葉であり、存在なのである。


啄木ゆかりのふるさとの石

さて、岩手県玉山村と聞いてピンと来た読者の方も多いであろう。そうここは詩集『あこがれ』や歌集『一握の砂』で知られる石川啄木の生誕地なのである。『一握の砂』から一首。

  ふるさとの 山に向かひて 言ふことなし
            ふるさとの山は ありがたきかな

この「ふるさとの山」は岩手山であり、姫神石を産する姫神山を指していると言われる。『一握の砂』には551首の歌が収められているが、この一首をもって啄木はふるさと玉山村を回想する歌を締めくくっている。それだけ姫神山の存在は大きかったのだろう。

「姫神石は、そういう山から採れる美しい桜色をした石なんです。この石でお墓を建てた人に『姫神石でよかった』と言っていただければ、それだけでうれしいんです」と司さんは笑顔で胸を張った。



◎白椛石材
所在地=岩手県岩手郡岩手町大字川口41−148
TEL=0195−62−9758
姫神山の中腹(標高:700メートル)にある白椛石材の丁場。25年ほど前から採掘を始めた。面積は約10,000平方メートルで、現在採掘している岩層は今年春に開発したところ。墓石、記念碑などのほか、地元の彫刻家などにも愛用されている








盛岡市内の石材店は自社工場を持っているところがまだ多くある。(有)高橋石材店もそのひとつ。玉山村に工場を持ち、姫神石を丁寧に加工している。「漬け物石に使えば、姫神石のよさはすぐわかる。輸入した石は水分や塩分ですぐにダメになるけど、姫神石はずっと使える」と職人さんは教えてくれた






地元の寺墓地を見てみると、ほぼ100%が姫神石のお墓だった。地元にしっかりと根づいている石なのである。姫神小桜石の名の通り、ピンク色が美しく、風化も遅い