寿命短い来待石―
「来待石灯ろうの寿命はだいたい人と同じ」と話す来待石灯ろう の土江利介理事長。「凝灰質砂岩のため風化しやすく、年月と共にボロボロになる。そして役目を終え、最後は砂になって土に戻る。運が良くて100年か200年。でも花と同じで、儚い命だからこそ愛しい気持ちになるんです」という。金山、大正、若葉、最明寺、苫屋、銀月、残月、朝鮮雪見など見慣れない灯ろうが多いことも新鮮だが、それ以上に「人と同じく寿命があって、死んだら土に返る」という事実に心動かされた。
島根県八束郡玉湯町〜宍道町の東西10キロメートル、幅1〜2キロメートルに渡って産出される。今から1400万〜1500万年前の火山灰が海底に降り積もり、それが海水によって洗われ、粒が揃って堆積したとされている。採掘の歴史は ページ「全国石のシンポジウム」の中でも触れた通り古墳時代に遡る。約300年前の江戸初期には、松江藩主松平直政公がこの石の真価を認め「お止め石」として藩外への流出を禁じていた。我々の業界では伝統的工芸品「出雲石灯ろう」の原石として広く知られている。
全国一誇る○○館―

ところで島根県は観光名所が多い。全国的に有名なのは出雲大社、松江城、玉造温泉、津和野、隠岐など。それと博物館・記念館・美術館といった○○館(以下―)がやたら多い。和鋼―、出雲文化―、足立―、石見銀山―、森鴎外―、カヌー―などなどなど。聞くところによれば、県民一人当たりの博物館の数は全国一だという。また石に関したものでは、宍道湖畔・白潟公園にある青柳楼の大灯ろう(高6六mの総来待石造り)、大田市の龍源寺間歩(石見銀山の坑道)や五百羅漢(羅漢寺)、大社町の日御碕灯台(東洋一灯塔が高い石造灯台)、浜田市の畳ケ浦、隠岐の奇岩などがある。
伝統的手法を今に再現―
でも石材業の皆さんなら来待石の採石場跡地を利用した博物館「来待ストーン」は外せない。垂直に切り立った丁場跡が何ともダイナミックだ 館内には古墳時代の石棺(実物)等が展示されていて、採石から灯ろうになるまでの伝統的手法による制作過程が分かりやすく紹介されている。大型スクリーンでしかも音響効果が優れており、迫力ある映像が楽しめるのだ。また彫刻体験(材料代込みで一般1500円)などもあって、土・日・祝日には来待石灯ろう の職人による実演も行なわれている。
 
さて産地の現状はというと、出雲石灯ろう出荷量は最盛期の半分くらいまで落ち込み、価格はここ20年据え置きのままだという。さすが地元には庭先のあちこちに出雲石灯ろうが置いてあるが、最近は中国産のみかげ石の灯ろうも多く見掛けるようになった。土葬の時代はほとんどのお墓が来待石で、個人または夫婦墓として建てられていたが、今は年間で数十基程度だという。何とも寂しい限りである。天然石は寿命の長いみかげ石だけでなく、人と同じ儚い運命の「来待石」があることも覚えておいてほしい。日本人の侘び・寂びに訴える、そんな灯ろうが「出雲石灯ろう」なのだ。

◎来待石灯ろう協同組合(東来待1644‐1) 
TEL=0852‐66‐0274
◎来待ストーン(東来待1574‐1)  
TEL=0852‐66‐9050