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豪族たち御用達の石・竜山石 |
今回、竜山石の丁場とその周辺を案内してくれたのは、宝殿石材事業協同組合理事長も務める、西村石材商店の西村公作社長だ。竜山石を掘り続けて約百三十五年、西村さんが七代目の社長と、同社の歴史はとても古い。でも竜山石の歴史はもっともっと古いから驚きだ。何と古墳時代にまで遡る。
月刊石材では6月号の「今月のインタビュー」のページで、考古学者の間壁忠彦氏にあれこれ話を聞いている。中心的話題は、考古学的観点から見た石(お墓)文化の変遷、といった具合だが、間壁氏の話には竜山石がたびたび登場している。バックナンバーをお持ちの方はちょっと再読していただきたい。間壁氏は竜山石を指して「まさに当時(古墳時代)の一大ブランドです!」と言い切っているのだ。以下に少し要約しよう。
――古墳時代中期、近畿地方の広範囲で、王者や大豪族の墓として長持形石棺がつくられた。五世紀に限ると王者の墓はみんな長持形石棺だった。そしてこの長持形石棺はすべて(今の)竜山石でつくられている。まさに当時の一大ブランドです――
古墳時代から現代までしっかりと息づいている石材も珍しい。竜山石が一段と立派に思える。
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石の宝殿の謎なぞナゾ…
竜山石の丁場は現在四箇所、凝灰岩に特有の優れた防火性と、凝灰岩にしては堅固という優れた特性から、主に建築・環境用石材としての需要が多い。西村石材商店では丁場内に工場を設け、石積み用の間知石や外壁用の板材・延べ材などを加工する。仕上げは割り肌、ノミ切りが最適で、色は黄(サビ)・青・赤の三色が揃う。磨いてもツヤが出ないため、現代の墓石には向かない。歴史が古いわりには他の石材産地のように成長・拡大できなかったのは、その辺の事情が大きく影響している。
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西村社長と一緒に四箇所の丁場を廻っているうちに、石宝殿のことが話題に上った。それらの丁場に囲まれるように建つ生石神社に祀られているその巨大な石造物(約四五〇t)を見に行った。
生石神社は小高い山の中腹に建てられている。その山も竜山石と同じ凝灰岩の岩盤でできていて、それこそひと山丸ごと竜山石といった感じ。むき出しの岩肌が荒々しい。石の宝殿は、この岩盤をほぼ四角にスッポリとくり抜き、表面にノミ切り仕上げ様の装飾が施されたもの。背面には羽のような出っ張りがある。一体誰が何のためにつくったのか。
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その謎についても、前出の間壁氏はその著書『日本史の謎・石宝殿』の中で鋭く推理している。六月号のインタビューでも触れているので簡単に要約すると、――正確には謎だが、恐らく七世紀中期の奈良の極めて有力な者の家形の墓と考えるのが妥当。あの石に穴を掘り、お骨を納めようと考えたのでしょう――と間壁氏。背面の隆起物が上に来るように起こそうとしたが、巨大すぎて起き上がらなかったのでは、と分析している。
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古くは古墳時代に一大ブランドとして名を馳せた竜山石。その後も姫路城の石垣や国会議事堂など、各地の有名建造物に使用され、その特性は広く認知された。しかし昨今の情勢は厳しく、採掘業者も激減している。「由緒ある石云々…」という宣伝文句をよく聞くが、これほど由緒のある石も珍しい。その歴史を途絶えさせてはいけないと感じた。
◎西村石材商店
TEL=0794‐32‐3518 |