黒髪島は(神)の島
山口県徳山市、徳山港の沖あい約12qのところに浮かぶ黒髪島が、銘石・徳山みかげの産地だ。全島が黒雲母花こう岩からなる石の島である。島の周囲は約16q、直径は2.5qほどで標高は313m。上から見るとほぼ円形で、決して大きな島ではない。しかしその外見的な規模からは想像もつかないくらい、この島は豊富な石材資源を内包している。海に浮かぶと軽く書くより、海にどっしりと構えていると表現したほうが良いかもしれない。

黒髪島での石材採掘は明治11年以降のことで、その石質の良さや埋蔵量の豊富さなどから、その後は着々と事業が拡大。西日本一円はもちろん、明治末頃には満州、朝鮮、上海、ウラジオストックなどにも出荷されたと言うから驚きだ。
国会議事堂に一番乗り! 足元を支える
徳山みかげを一躍スターダムにのし上げたのは、何と言っても、国会議事堂の建設用石材に採用されたことだろう。議事堂建設用の石材選考に当たっては、全国13県、約1200点の試験用石材が集められたと言われるが、徳山みかげは真先に適性検査に合格、採用が決定したと伝えられる。議事堂の腰部、中庭外装、空ぼり周辺などに、15万4678切の徳山みかげが使用された。







黒髪石材叶ン立で、供給の安定化
このようにして徳山みかげの需要は拡大し、昭和初期には小さな黒髪島に20以上の丁場が存在していた。そこには十数人の事業主が独立で石材業を営んでいたのだ。しかし昭和17年にそれらを統合し、現在の黒髪石材梶i現社長=柳井忠春氏)が設立。以来、今日まで同社が採掘を進めている。

 「せっかくだから島まで渡って、丁場を見たい」と徳山港内に建つ本社社屋で言うと、すぐに船を出す準備をしてくれた。船は二艘所有している。一艘は本土と島とを朝夕につなぐ大型の通勤船(島には宿舎・食堂があり、そこでも生活ができる)、もう一艘はそれより小振りな臨時の連絡船だ。この時、島から記者を迎えに来てくれたのは連絡船の方だ。
原石から製品までの出荷体制
出航してしばらくすると、仙島の向こうに黒髪島が見えてきた。仙島を廻り込んで行くと、島の北西岸に同社の大規模な丁場と加工工場、宿舎などの建物が見える。現在は同社のスタッフ約五十人以外には島に住む人はいない。本当に「石の島」なのである。船から下りると、厳しい仕事に従事するスタッフが、優しく明るい表情で歓迎してくれた。

現在の丁場は三つ。いつの頃からか「二羽鳥丁場」「衣丁場」「中段丁場」と呼ばれている。中でも地下掘りの衣丁場は圧巻で、その深さは約40mにもなり、覗き込むと足がすくむ。全体で、年間30万切ほどを採掘。墓石、建築、モニュメント、割栗石等に使用される。製品出荷も自社加工で可能だ。
徳山みかげは神の島の石
黒髪島は古くから「かみ(神)の島」と崇められていた。島にある同社事務所の裏手には、厳島神社が祭られている。そう、安芸の宮島、厳島神社と同じ名前だ。聞けば、平清盛の時代、厳島神社の建設候補地として、宮島とともに黒髪島も名を挙げられていたそうだ。すぐ沖に見える大津島では石材採掘が進められていたのに(大阪城築城に使用)、黒髪島では明治以前は石を採っていなかったというのは、そんな神の島の言い伝えによる天罰を畏れてのことによるらしい。しかし今では、厳島神社が山と海の安全をしっかりとお守りしてくれている。

◎黒髪石材株式会社  0834‐21‐4040