石都岡崎を代表する美しい青石


石都岡崎を支えてきた青石

日本を代表する石材三大産地のひとつ、岡崎産地。「石都岡崎」の名で親しまれているが、近年は他産地同様に中国製品(外材)におされて厳しい状況にある。

もともと岡崎の石工業は永禄年間(1558〜1569年)に始まったと言われ、その後も庶民の深い信仰心に支えられて着々と発展。弘化元年(1844)から嘉永四年(1851)に作成された『参河名所絵図』には、

「石工伝馬町北裏にあり、石切町と言う。両側に石工立並び数十軒あり、その製する所、当処を以て最上とす。故に近国更なり、江戸、大阪に運送して、盛んに東西都会へも送り出したものである」(訳文)

と記され、その繁栄振りが伺える。そしてその背景にあるのが、岡崎で採れる良質な石材であることは当然のことである。

現在、岡崎で採掘される花崗岩としては、「小呂青石」「吉祥石」「宇寿石」「額田中目石」などが挙げられるが、特に墓石材として親しまれてきたのが青石と呼ばれる小呂、吉祥、そして今回紹介する「牛岩青石」である。


190年の歴史と高級墓石材の地位

「牛岩青石」の歴史は古く、約190年前までさかのぼることができる。単純に計算すると1815年(弘化12年)で、江戸時代後期のことだ。牛のかたちをした大きな岩があったことからつけられた地名「牛岩」から、青みの濃い花崗岩が採れるということで「牛岩青石」と呼ばれるようになったと言われる。

現在、「牛岩青石」を採掘する東海石材鰍フ加藤信吾社長は次のように話す。

「昔はいまのように削岩機などがなく、石を採掘するときにはノミで矢穴をあけていた。時代とともに道具も変わってきているから、そのノミ跡を見れば大体の時代が分かる。そうやって調査すると、190年前まで判明しました。もちろんそれ以前から使われていたと思いますが…」

同社の創業は大正13年(1924)で、現社長が3代目。いまでも毎日、社長自らが丁場に出て週3回は発破をかける。5名の従業員がいるが、やはりここ一番という大割には、社長の経験とカンがモノを言う。そうして採掘された「牛岩青石」は、特に東海地区を代表する高級墓石材として出荷される。


年月とともに青く輝く

「牛岩青石の魅力? それは何と言っても美しい青色とツヤの持ちが良いこと。不思議なことに年月が経つほどに青みが深く、濃くなります。例えば大正時代に建立した墓石であっても一目で牛岩青石と分かる。色があせない」

近年では「中国牛岩」等の名称で、中国産の青石が入ってくるようになった。当然、価格で勝てるわけはない。しかもそのような外材は一見するとムラやスジ、キズがなく、青色がとても美しい。「安くてキレイ」であれば、本家「牛岩青石」に対する要求は厳しくなる。ここ数年、「岡崎ではもう石は採っていない(採れない)」という話を耳にする機会が増えているが、安くてキレイな外材が小売市場に出回っている影響で、小売店からの検品基準が年々高くなり、歩留まりが著しく悪化しているせいである。少しのムラ、スジも許さない、という買い手側の厳しい姿勢だ。

しかし、前述の加藤社長の発言――「牛岩青石は年月が経つほどに青みが深く、濃くなります」というのはウソではない。岡崎市内の寺院墓地を案内していただいて、“青みが増す”という意味がよく分かった。「牛岩青石」の墓石は、古びた石塔が並ぶ中で一段と青く輝いていたのだ。まるで磨きなおしたように青色があせていない。安くてキレイな外材でも同じことが言えるだろうか。特に外材の著しい変質が問題視されているいまだからこそ、もう一度、安心を見直さなければならない時期なのではないか。


不思議なちからを秘めた石

中国製品、外材の影響で厳しい状況にあっても、「牛岩青石」はコンスタントに使用されている。特に、前述したが、東海地区を代表する高級墓石材として人気が高い。歩留まりの問題も“希少価値”として認識されつつあるのかも知れない。ブランド化は進んでいるようにも思える。

「牛岩青石は、不思議なパワーを秘めている石と言われることがあります。なぜなら東海地区出身の財界人のお墓に使用されることが多いからです。例えばトヨタ(豊田家)のお墓も牛岩青石です」

何でも、豊田家墓所は以前は違う石でつくられていたと言う。それを「牛岩青石」で建てかえると、年商10兆円企業に成長し、世界のトヨタに発展した。確かに時代の波に乗った経営戦略などがいまの発展をもたらしたと考えるのが自然であろう。しかしお墓に携わる以上は、やはりその先祖代々の墓所が、どこの、何と言う石でつくられているのかという点には大いに注目したい。豊田家墓所=「牛岩青石」というのは事実なのである。

また、“不思議なパワー”と言えば、年月が経つほどに青みが増すというのも、この石が内在しているエネルギーの働きなのかも知れない。

そう考えると「ぜひ皆さん、牛岩青石でお墓を建てましょう」と呼びかけたくなるが、歩留まりの問題もあり、絶対量が少ないため全国的な販売は無理とのこと。しかし、だからこそ、東海地区を中心にブランド石種としての地位を確立して、大切に使っていただきたいと願うのである。




◎東海石材
本社=愛知県岡崎市花崗町1丁目23
TEL0564‐21‐0636









〔上2点〕昭和20年頃の「牛岩青石」の丁場。削岩機を使わずにノミで矢穴を掘っているのが分かる。この頃から昭和40年代には原石を山から下ろすと、奪い合うように次から次へと売れたと言う。眼鏡の人物が同社2代目、加藤賢三社長(写真提供:東海石材梶j




大正時代に建立された牛岩青石のお墓(志賀家=志賀重昴の生家)。青色が増している






牛岩青石の現在の丁場。面積は約2万5000uで、採掘量は年間で約540t