九州地方の銘石と言えば―
 
九州地方で名が通った銘石と言えば――、それは『内垣石』なのである。九州での評判は極めて良く、根強いファンも多い。青系の石で目が細かく、輝くような美しいツヤが出る。おまけに日に焼けにくく、水を吸いにくいと言うから、これは墓石材として使うしかない。
 
何しろ九州地方のお墓は大きいのだ。何につけ、大きいことは良いことなんだけど(?)、お墓の場合、使用する石が悪いとその大きさがアダになる。サビだらけの巨大なお墓じゃあ……石屋さんとしてはあまり考えたくない。
 その点、『内垣石』なら安心して使える
自然、文化遺産に恵まれた犀川町

 『内垣石』は福岡県京都郡犀川町で採掘される。採掘業者は拒蜻ゥ石材工業所(大束賢次社長)で、月産500〜1000tを採る。その『内垣石』の地元、犀川町には豊かな自然と永い歴史に育まれた自然遺産・文化遺産が数多く残っている。少し紹介しよう。
 
町の中心部から国道496号線を南下すること約15キロメートル、霊山・英彦山の北麓、祓川左岸に所在する帆柱集落に、一棟の古い民家が建築された当時のままの姿で残されている。国の重要文化財に指定されている「永沼家住宅」だ。江戸時代後期(天保十年・1839年)に建築されたもので、規模は桁行十間(約20メートル)、梁間五間半(約11メートル)、入母屋造り茅葺きの直屋(平面が長方形となる家屋構造)民家である。
 
ちなみに、永沼家は江戸時代を通じて、帆柱村の長である「庄屋」をつとめたほか、同村を含む15カ村を束ねた行政単位の代表者、「大庄屋」もつとめたという有数の旧家で、現在でも存続している。家屋は昭和62年に築後初めての全面解体修理が3年がかりで行われた。
浪漫あふれる古代山城遺跡
 
犀川町と隣接する行橋市との境、行橋市側には昭和28年に国の史跡に指定された、古代山城「御所ヶ谷神籠石」がある。これは行橋市御所ヶ谷の山中に残る列石や石塁(神籠石)のことで、神域を列石で囲んだ祭祀遺跡だという意見もあったが、現在では古代の山城遺跡(城の外周は約3キロメートル)と考えられている。別名を「神籠石式山城」とも呼ばれる。
 
日本には20余りの古代山城があるが、「神籠石式山城」は他に記録がない。そのためいつ、誰が、何の目的で築いたのかは明白でない。有力なのは、7世紀頃、唐や新羅などの国外勢力の侵攻に備えて、国家的事業として築かれたという説。しかしながらまだまだ未解決のナゾが多く、浪漫あふれる石造文化財だ。

四国、名古屋まで広がる『内垣石』

 
さて、『内垣石』に話を戻す。『内垣石』を月間二百切ほど加工する鰹骭ヒ石材加工所の城戸津紀雄社長は「九州以外にも、四国や名古屋辺りまで出荷されています」と話している。積極的に全国に向けたPRはしていないが、実力・実績ともにもっと認められるべき『銘石』である。

◎拒蜻ゥ石材工業所 TEL0930‐42‐0916