お布施について
布施は葬儀や法事などで読経をしていただいたお礼として僧侶にさしあげる金品のことです。
文字通リの受けとリかたをしますと、僧侶は読経が商売のように思えます。布施をするということの本来の意味をかみしめてお礼をしないと、そういうことになってしまいます。
仏教には「利他」ということばがあります。「利己」の反対です。人のために尽くす行為の尊さを説いています。僧侶が修行にはげみ、その徳の深さをもって在家の私たちを導き、死者の往生を願ってもらうために布施をするのです。
『涅槃経』という教典の中に雪山(せつせん)童子の話があります。雪山童子はヒマラヤの山中で菩薩になるための修行をしていると、どこからともなく鬼が現れて、「諸行無常、是生滅法」といいます。それではまだ半分で、悟りを開くにはあと半分が足りないのです。童子があと半分を聞かせて欲しいというと、お前の体を私に食べさせれば答えようという。雪山童子は自分の体を提供することを約束して木に登り、聞き終えた半分の尊い言葉を木のいたるところに刻んで、木の上から身を投げます。鬼はたちまち帝釈天の姿にもどり、雪山童子を受けとめると、命を布施して法の尊さを知ろうとした童子をほめたたえ、成仏することを約束して姿を消します。
自分の命を布施して法を求める話です。
私たちは出家しているわけではありませんから、法の体得を求めて出家している僧侶に布施することが、ひいては私たちの仏道修行になるのです。
布施の心とはそういうものです。
布施はどのくらいの金額を包めぱいいのかという質問がよくあります。布施は心か大切なことは前にのべた通りですが、金額的に決まったものでありませんから、気持ちをこめて包めばよいでしょう。
最近の霊園などは、墓地での布施の額をおおよそ決めていますから、管理事務所や担当の石屋さんに聞いてみるとよいでしょう。 また地方によってそれぞれのしきたりがありますから、前もってたずねておくことが大切です。 神社の場合もほとんど変わりませんが、キリスト教の場合は、教会に寄付をすることが多いようです。
|