「北部のガマ」
| 沖縄本島北部にあるガマ。穴に入ると高さ約4メートル、直径約8メートルもあるみごとな柱状の鍾乳石がある。穴からの光が洞内を照らす |

中部のガマ/沖縄市の近くにあるガマの鍾乳石で、ご神体として祀られている。高さ約1メートル
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| 珍珍洞/玉城村にある鍾乳洞。長さ約3メートルもある鍾乳石 |

マーカー/津堅島にあるご神体。
高さ約80センチメートルの鍾乳石 |
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四月初旬、ある神社の宮司の方に沖縄本島北部と中部の幾つかのガマ(鍾乳洞)の聖地をご案内して頂いた。数日間に及ぶガマ巡礼は、沖縄の地下世界の持つ神秘なる光景に驚かされた。
隆起石灰岩からなる沖縄は、実に多くのガマ(鍾乳洞)が点在している。かつてはガマで風葬が行われ、今でも人骨を見ることができる。第二次大戦の沖縄戦では防空豪として利用され、中には集団自決の場所となったガマもある。
沖縄では、自然にできたガマを一族の共同墓地として利用し、やがて聖地としてのグスク信仰へと発達していった。ガマは言わば女性の胎内であり、死者はもう一度胎内としてのガマに入りあの世に生まれ変わると信じられている。
自然のガマから発展したのが、亀甲墓(一族の墓で門中墓とも言う)である。最初は自然の岩を彫りんで作ったものが、コンクリートに変わっていった。その形は、女性の子宮そのもの。
我々は、道無き道を鎌で切り開きながら、ガマを目指していった。特に山道はハブがでるため長靴を履き、注意しながら歩いた。
あるガマの入り口に近ずいた時、親子連れの方々がガマの前に厳かに座っていた。彼らは熱心にガマに向かって手を合わせ、何かを唱えながら祈っていた。その時、沖縄の人達の今に生きるガマへの信仰を見せて頂いた。
今日、鍾乳洞の多くは観光鍾乳洞として知られているが、信仰としてお参りしている場所も少なくない。
沖縄で最も代表的な鍾乳洞と言えば、本島南部玉城村にある玉泉洞である。東洋一美しい鍾乳洞とも言われ、近年テーマパークも加え観光客で賑わっている。しかし、そのすぐ近くに珍珍洞と呼ばれる鍾乳洞がある事は、意外と知られていない。珍珍洞は、玉泉洞の入り口の道向こうから下った所にあり、そこには見事な陽石が鎮座していた。
川添いを下った洞の入り口には、香炉が置かれていて線香を燃やした跡が見られる。中に入ると天井から多くの氷柱状の鍾乳石があり、その中に直径約1メートル、長さ約3メートルもある見事な男根の形をした鍾乳石が大地に向かって伸びていた。ここは、子宝が恵まれる場所として今でも信仰を集めているという。
沖縄本島中部の東、津堅島にはホートガーと呼ばれる泉がある。伝説では、日照り続きの時、鳩(ホート)が見つけた泉とされている。ホートガーのそばに鍾乳石をご神体とする小祠がある。この石は「マーカー」と呼ばれ、丁度男女が抱き合っている格好をしているので、子孫繁栄の神として崇められている。子宝を授かりたい女性は、このご神体マーカーを抱くと子に恵まれると信じられている。今では、県外からもお参りにやってくる人も多いと聞く。
日本のみならず世界中には、このような陰陽を形とした石や岩の聖地が多く存在する。かつて、人類はこのような光景と出会った瞬間、直感的に生命の誕生やつながりを感じつつ畏怖し、まつってきたのではないだろうか。
これら沖縄のガマでの鍾乳石をはじめ、金精さま、陰陽石、ミシャグジなどなど…実に多くの石の神々が日本には、存在している。
神社の方が言うには、沖縄のガマの聖地は、近年いろいろな人達がお参りするようになって来たという。それは、聖地のエネルギーが変わってきて人々を受け入れるようになったからではないかと仰っていた。
確かに、私自身も石を意識しはじめて十年近くなるが、磐座や石神をはじめ多くの「古層の神々」が復権されつつあるように感じている。
行き詰まった現代社会に対してこの「古層の神々」が何を伝えようとしているのか?
日本石巡礼を通して、石の声に少しでも耳を傾けることができたら、と改めて思う。
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