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立神岩と神威岩 | |||||||||||||||||||||||
立神岩と呼ばれる岩は、日本各地の海岸で見ることができる。今回、取上げる鹿児島県枕崎市の立神岩と北海道積丹町の神威岩は、不思議と相似性を持って存在している。鹿児島県の枕崎市の火之神公園から海を望むと見えるのが立神岩だ。高さ42メートルの岩が、天を指し示しているような形は見事で、枕崎市のシンボル的な存在だ。この立神岩に次のような伝説がある。 沖の立神 石とは思うな 石じゃア ござらぬ サマお神様 立神岩は、枕崎岬の航海安全と大漁満船を祈願した守護神として崇められていると言う。海と川を支配する神々の中に、速秋津日子神と妹速秋津比売神の二神がいる。この神々は山立神と立神岩との間を流れる早瀬のような所で人間の罪けがれを洗い流し、祓い清めるみそぎはらいの役目をしていた。明治四十二年頃まで建てられていた立神神社の祭神はこの二神で、御神体は大岩 様といって立神岩と火の神一帯を神の棲み給う聖域として崇拝したものと言われる。一方、北海道積丹半島の神威岬の突端部にある高さ41メートルの細長い立岩が神威岩だ。カムイとはアイヌ語で神(自然)を意味し、神の岩はまさにアイヌの聖地である。この神威岩には、いわゆる義経伝説が伝わっている。 奥州からひそかに逃れた源義経は、日高の平取に滞在していた。義経はこの地の首長の娘チャレンカと恋仲になったが、やがて義経一行は別れも告げずに北へ向かって旅立った。チャレンカは後を追い、ようやく神威岬で追いつきかけたが、義経一行は舟で岸を離れた後だった。チャレンカが大声で叫んでも折からの強風にかき消されて届かない。チャレンカは悲しみのあまり「シャモ(和人)の舟、婦女を乗せてここを過ぐれば転覆せしむ」と呪って投身自殺をし、彼女の化身がこの神威岩になったという。 この二つの岩は、伝説こそ違うが形や大きさがとても似ている。日本人が持つ古層の神々への信仰は、相似性の記憶から読みとることができる。 |
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