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揺拝石(岩木山と石鎚山) | |||||||||||||||||||||||
はるか遠く離れた神仏などの存在に対して拝む行為を揺拝という。 日本各地を訪ねていると揺拝所と呼ばれる場所に出会うことがある。神社などでは、伊勢神宮や皇居に向かって方向を指した石碑などが立てられている場合が多い。 今回、紹介させていただく二つの揺拝石は、どちらも共通して聖なる山を揺拝するために作られたものだ。 青森県の鰺ヶ沢町役場を訪ねたとき、パンフレットの中に不思議な石を見つけた。この石は日和山にある岩木山の揺拝石だという。教育委員会の方は、私を日和山へと案内してくれた。日和山は、住宅地からさらに上がった畑の中を通り、その先の森の中にあった。この山は元々、弁財船(北前船)時代の船の出入りを確認する場所だった。そして、もう一つの役割として岩木山を拝むための揺拝所でもあった。いつしか、この場所には岩木山の形に似ている石が奉納されたというのだ。地元の方々は、この揺拝石を岩木山に見立て、津軽富士・岩木山への信仰を続けているのである。 愛媛県と高知県の県境、地芳峠に石鎚山を揺拝する石がある。その石の存在は野本寛一著『神と自然の景観論』の中で 紹介されていた。私は四国の旅の途上、この穴の空いた揺拝石を求めて地芳峠へ向かった。地芳峠に着いた頃、小雨と霧にすっかり包まれていた。私はさっそく、揺拝石を求めて辺りを探した。すると峠の看板の近くに、二本の杉の巨木がありその間に小さな石を見つけた。穴の空いた石の前にはお神酒用の小さな盃が置かれていた。今でも、ここが揺拝所として使われていることが分かる。 野本氏の本によれば、峠の下の峰の段、永野の集落の人々が、毎年6月28日午後1時、男だけでお神酒と野菜を持って石の前に集まり、石の穴から彼方にそびえる四国の霊山「石鎚山」を揺拝するという。 その日は、霧のため穴から山を望むことは出来なかった。しかし、何かを通して覗く行為は、異次元への世界を連想させるものを感じた。 古来より日本では、亡くなった死者の魂は山に帰るといった他界観を持っていた。また、山そのものを神山と捉え神聖な場所として信仰してきた。 聖なる山は険しい。血気盛んな時はまだしも、人はやがて老い、身体は衰えてゆく。人々は変わらぬ信仰の思いを、遥拝石という装置を生み出し、その山を畏怖しつづけて来たのだろう。 |
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