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スリランカの旅@「ミヒンタレー」 | |||||||||||||||||||||||
2007年末、私は初めてスリランカを訪ねた。そこには、想像した以上の巨石が待っていた―今回から3回に渡って「スリランカの巨石」を紹介します―。 スリランカはかつてイギリスの植民地時代にセイロンと呼ばれ、1948年2月4日に独立し「スリランカ」となる。“スリ”とは光り輝く、“ランカ”は島を意味する。 スリランカを旅すると人々は温厚でやさしく、信仰の篤さを感じる。緑豊かな島国には多くの仏教遺跡が点在していた。 最初に目指したのは、スリランカ北部にあるアヌラーダプラ。今から2500年以上も前に築かれたスリランカ最古の都で、現在は世界遺産に指定されている。ここでは、イスルムニヤ精舎のロック・テンプル、ロイヤルガーデン、ルワンウェリ・サーヤ大塔などを巡った。 次にそこから東へ10数キロ離れたミヒンタレーへ向かった。スリランカで最初に仏教が伝来した聖地として知られているが、ここで思いもよらぬ巨石群と出会った。 駐車場から石段を登り、最初の踊り場を右にあがると、仏塔カンタカ・チェーティヤが現れる。この仏塔は紀元前60年頃に建てられたもので、その背後には68個もの石窟群がまるで巨石の杜のようにあった。 石窟には、次のような伝承があった。 「紀元前247年6月の満月の日、アヌラーダプラの王、デーワーナンピヤ・ティッサがここに鹿狩りにやってきた。そのとき、この山の神デーヴァは、仏教流布のためにインドより訪れたインドの仏教王アショーカの息子マヒンダに会わせるため、鹿に身を変えて現れた。ティッサ王は鹿を追いマヒンダのもとへ導かれて二人は出会った。ティッサ王は問答の末、仏教に帰依し、王の家臣や住民も続き、7日間で8500人が仏教徒になった。それから仏教はスリランカ全土へ、そして、タイ、ミャンマーへと伝わった。ティッサ王がマヒンダに感謝して贈ったのが68個の石窟と僧院である」 石窟群の中を歩くとまるで巨大な迷路のように見えた。この岩屋の中で僧侶たちはどんな修行をしていたのだろう。想像するだけで鳥肌が立っていた。 ミヒンタレーでの最後は、アムバスタレー大塔西側にあるインビテー スリランカでは仏教伝来の日といわれる毎年6〜7月にかけてのポヤ・デーに、「ポソン」という祭りが行われ、何千という信者が、この頂上にある岩山に登って満月を拝むという。 スリランカの仏教聖地は、まさに巨石が重要な意味を持っていた。 | ||||||||||||||||||||||||