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2つの地蔵岩(御在所山と礼文島)
2つの人面岩(三峰山と佐渡島)
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割れた石・岩
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石化伝承
洞門・洞窟
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スリランカの旅@
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日本石巡礼「聖なる石に出会う旅」
須田郡司オフィシャルページ
スリランカの旅A「シーギリア・ロック」

  アヌラーダプラからローカルバスを乗り継ぎ揺られていると、人なつっこいスリランカ人が声をかけてきた。彼は日本に知合いがいるらしく、日本人に好意を寄せていた。やがて彼はバスを降り、ほどなくゆくとバスの窓から赤い岩山の姿が目に飛込んできた。
 スリランカで楽しみにしていたひとつは巨大な岩山「シーギリア・ロック」だ。ジャングルの中に高さ195メートルの岩山がそびえたつ。

 今から約1500年前、この岩上に王宮を築いた王がいた。その岩山の中腹の壁に描かれた美女たちの絵画はスリランカを代表する芸術としてしられている。1982年には、古代都市シーギリアとして世界遺産に登録された。
 シーギリアの廻りに掘られた蓮の水路を見ながら、中に入ると見事な庭園が現れ、その正面にシーギリア・ロックが立ち尽くしていた。

 それにしても、こんな岩山に宮殿を築いたとは実に驚かされる。岩山の麓には石窟寺院跡やエレファント・ロック、コブラの岩など多くの巨石が点在していた。
 岩山の入口から巨石のトンネルを潜り20分ほどすると中腹に至った。金網で囲った鉄製の螺旋階段を上がると岩山の壁面に妖艶な美女たちの絵画が鮮やかな色彩で描かれている。かつては、この壁には500人もの美女が描かれていたが、今ではわずか18人。しかし、5世紀に描かれたもとしては実に美しい色合だ。

 ミラー・ウォールと呼ばれる回廊を過ぎ、岩山の北側に出るとライオンの入口に出た。やや広い平地になり、そこには巨大なライオンの爪の形に彫られた岩が宮殿の入口になっていた。宮殿創建時は、足と頭部もあり、ライオンが大きく口を空けて座っていて、階段を上がるとライオンの喉に飲み込まれるような姿になっていたという。
 ライオンの入口からさらに階段を上がって行くと約60度もの急斜面になり、細い階段を上り詰めると岩山の頂上に至った。その1・6ヘクタールの山頂には王宮、兵舎、住居跡、そして池を見ることができた。

 シーギリア・ロックは、古代から仏教僧たちの修験場であった。その場所に、西暦459〜477年、アヌラーダプラを統治したダートゥセーナ王の長男カーシャパが宮殿を作ったのである。
 カーシャパは実父の王を家臣に命じて殺害し強引に王の座についたが、弟モッガラーナは兄に憎しみを抱きながらもインドへ亡命。王位の継承権がに奪われるのをおそれ、狂気ともされるほどの宮殿を築いたという。スリランカでは狂人カーシャパ伝説としてよく知られている。
 悲しい物語が残るこの遺跡は、イギリス植民地時代の1875年に発見された。カーシャパが死んで約1400年後のことである。

 このシーギリア・ロックの岩山から見下ろした時、ある岩山が目に入る。それはちょうどライオンの入口の正面に位置する三角状の岩山で、まさにピラミッドだ。
 この場所は、その岩山を揺拝するための神殿として作られたのではないか。ライオンとピラミッドの関係は、エジプトを思い起こした。