 |
|
彫刻家が何をどう表現するかは、百人いれば百人とも異なる。また一人の場合で見ても、時代や年齢、生活環境、人間関係、あるいはその時々の精神状態によって当然ながら違ったものができる。であるから過去の作品を順に見ることは、その作家の心理的な変化を垣間見るようでとても興味深い。藤島さんの場合もまさしくそうだった。
石彫を始めた頃は「人体」を題材にすることが多かった。その後、興味の対象は「馬」に移った。7〜8年前、競走馬の訓練所で馬を間近に見る機会があって、以来、馬を題材に選ぶようになった。しかも顔だけ。その造形的な美しさや表情の優しさに惹かれて「馬の顔」ばかり制作した。
そして3年前、新しいテーマを発見した。今までの動物的・物質的なテーマと全く異なり、それは意外にも「瞑想」という精神的・観念的なものだった。そして「瞑想する石―神々の形」「瞑想するかたち」などを作り、今年度の国展では潟^カタ(本社=友部町)の協力を得て約九tの大作に挑戦し、稲田みかげの原石を升形にくり貫いた「月臨函―瞑想する部屋」(今号表紙)を完成させた。
この「月臨函」は、真言密教の月輪観(または阿字観、阿息観)に由来し、掛け軸を見ながら精神統一を図る―掛け軸に満月の絵と梵字の「ア」(阿=大日如来)が書かれていて、満月=天地宇宙と呼吸を通わせ心静かに阿字本尊に集中することで気と心を育てる―瞑想法があるという。阿字は悟りの境地で眺めた真理「諸法本不生」(万物の存在と変化は全ては心の中の出来事でしかない)を意味する。以前、真言密教について学んだことがあり、そのことを覚えていた。これについて藤島さんは 「(テーマに)辿り着いたというより、向うからきたという感じだった」と振り返る。どこかで必然性を感じているようだ。
作品が完成して、実際に部屋に入ってみると、花崗岩の岩肌がひんやりとして、中は涼しかった。しかし、入る前は静かだと思っていたが、意外にも騒がしかった。声を出せば反響するし、外の音も入ってくる。それも普段の生活では気づかないような風の音まで耳に入ってくる。視覚が遮断されたことで、代わりに聴覚が研ぎ澄まされるのだろう。しかしながら不思議と安心できる空間だった。そのまましばらく30分ほど座っていた。
「この部屋に入って満月が出るのをじっと待つんです。東に面した小高い山の中腹辺りに置きたいと思ってます」と藤島さんは話す。見た目は実にシンプルな形だが、部屋の部分をくり貫く縁切り作業は思った以上に困難だったようだ。
普段は私立高校の教員として美術の授業を担当している。普通科の高校としては珍しく、芸術分野の教育にも力を入れており、2年生の選択科目には「彫刻」の授業もある。何と15年続いているそうで、校内の敷地には過去の生徒たちの作品が所狭しと設置されていた。白河石が最も多く、真壁みかげ、大谷石、荻野石(福島産凝灰岩)などもあった。そして2000年からは地場産業の活性化につながるとして地元産の岩瀬町産の青糠目を使っている。なかなか人気があり、今年は約四十人の生徒が集まった。始めにレリーフ(線彫り)を教わり、それから丸彫りに挑戦する。「作品を見ると、その生徒の顔が浮かんできます。意外と女の子のほうが上手かったりするんです」と藤島さんはにこやかに説明する。
◎茗渓学園中学校高等学校(学寮内)
住所=茨城県つくば市稲荷前1‐1
TEL=0298‐58‐6904
|