石の彫刻家の

‐特別編‐
石彫シンポジウム in IKAWA



「彫刻シンポジウムとは、作家が個人主義から脱却するために他者や社会全体(一般市民など)とコミュニケーションを取ることを目的とし、かつ作家同士はもちろん社会との交流の中でひとつの作品(空間)を創造するもの(共同制作)」と言ったのは、都市計画技術士であり、パブリックアートやシンポジウムの歴史等を研究する竹田直樹氏(姫路工業大学)である。

つまり「ただ集まって」ではないのである。

作家は「社会性」や「公共性」「共同制作」という意識を持ってシンポジウムに参加する。そしてこの意識は、主催者やコーディネーターにも強く求められるべきものである。この一番大切なことを忘れたまま開催されたシンポジウムほどつまらないものはない。

この夏、秋田県井川町の日本国花苑で石彫シンポジウムが開催された。招待作家は3名と少数であったが、前述の意味において、とても有意義なシンポジウムであった。そこで今回は〔特別編〕として井川町のシンポジウムで何が行われたのかを紹介したい。

招待作家は、牛尾啓三さん、荻野弘一さん、田中毅さんというそうそうたるメンバーで、そのうち荻野さんが今回のコーディネーターをつとめた。もともと同町では毎年、日本国花苑において『桜の森彫刻コンクール』を開催していて、今年でちょうど5回目。しかも同町発足50周年でもあり、それを記念してシンポジウムが開かれた。

「昨年6月にシンポジウムの開催がほぼ決まりました。11月には作家を選定し、町があらかじめいくつか候補に上げてくれた作品設置場所を作家全員で下見。町の歴史や地域性、環境などを考慮した上で各自で作品のデザインを起こしました。今回、作家は個別に作品をつくっていますが、昨年11月の下見の段階ですでに意識は統一されていました」

と話す荻野さんは、第1回目の『桜の森彫刻コンクール』で大賞を受賞、その作品はすでに日本国花苑に設置されている。そういう縁もあり今回のコーディネーター役をつとめたわけだが、JR奥羽本線の井川さくら駅から日本国花苑までの道路を彫刻作品で飾りたいという町の意向を理解し、「私たちの作品がその先駆けになる。同じ道、同じ空間をつくるという共通意識が働いた」と言う。

シンポジウムに関連して企画されたイベントも「これぞシンポジウム」とうれしくなる内容。『彫刻とまちづくりを考えるつどい』が公民館で開催された他、学生・大人を対象にした石彫教室(兵庫県産長石を使用)や、子供対象の石(制作過程で出る端材)を使ったイベント、写真コンクールなど、まさに一般参加・交流型の企画がめじろ押し。ましてやシンポジウム会場である日本国花苑は町民の憩いの場で、夏休みということもあり、毎日、何十人もの人が見学に訪れる。作家と社会との接点がいくつも存在している。

「町民も、いままでのコンクールで彫刻作品には触れてきました。でも完成品しか見ていない。今回のシンポジウムで制作過程を見て、作家と直接触れ合える機会も得た。彫刻作品に対する理解もより深まると思います」

とは井川町の齋藤正寧町長の言葉。同町では町のホームページに制作過程の写真を毎日のように掲載し、広報誌等も利用して広く町民にPRした。井川さくら駅で偶然出合った町民の方も、「シンポジウムは毎日のように見に行っている。面白いね」と話していた。作家として、これほどうれしいことはない。

さて、作家(作品)についても少し触れておこう。今回は、地元・秋田県産の男鹿石(滑ヲ風提供)をメインに使用して作品がつくられた。

『オウシ・ゾウケイ―大地のおくりもの―さくらのわ』を制作した牛尾さん。その想いは―「井川町の空間、2004年の夏を凝縮した。子供から大人までが触れて、遊べるようなものをつくりました」

『湖人(コビト)』を制作した荻野さん―「いま子供たちの遊び場、居場所がなくなりつつある。この作品は遊び道具みたいなもの。子供たち、町の人々の居場所になってほしい」

『けやきんぼうの仲間たち』を制作した田中さん。井川町に古くから伝わる願人踊りを参考に、その主人公の定九郎を作品の中心に置いた。やはり「町の人たちに触れてもらいたい」という想いが強い。

そして、前述のイベント『石を彫刻してみよう』(石彫教室、7月31日〜)に参加して、シンポジウムの魅力にすっかりとりつかれ「居ついちゃいました」と笑顔で話すのが、新潟大学大学院で美術教育コースを専修する市川香苗さんだ。3名の作家との共同生活を通して「今年の夏はいままでで最高に充実している。彫刻家になりたい」と目を輝かせていた。

シンポジウムとは何なのか…というかねてから抱いていた疑問をきっぱりと晴らしてくれたような井川町の彫刻シンポジウムであった。

 牛尾啓三さん



 荻野弘一さん



 田中毅さん



 市川香苗さん