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「いま、石彫が好きで好きでたまらないんです。時間が空くとすぐにここ(アトリエ)に来て、制作をしています。私にとって、石と向かい合っている時間はとても大切で、有意義なものです」
石彫家池田吏志さんのアトリエは、宝塚市内の高台、宝塚北高校とその裏の大型マンションに挟まれて北へ向かって細長く傾斜している駐車スペースのような場所にある。以前はある石材店の工場の一角を間借りしていたが、諸事情があって、いまはこの場を仕事場にしている。ここも土地所有者(大阪砕石工業所)に頼んで無償で借りていると言う。「まわりの皆さんの理解とご厚意で何とか制作を続けることができます」と池田さん。石彫家、特に池田さんのような若手彫刻家がアトリエを構えるということは、並大抵の努力では済まされない。
でも、池田さんは「石彫が好きで好きでたまらない」と言う。人間にとっての幸せのひとつのかたちであろう『仕事=夢中』を、池田さんは自らの手で探り出し、それをいま必死に、そして時には臨機応変に、楽しみながら守ろうとしている。
そのアトリエに着くなり、「今日はラッキー!!
風が無いッ」と笑顔で迎えてくれた。前後を大型建造物で挟まれるこの細長い仕事場は、冬になると冷たい北風の通り道になる。にもかかわらず、風を遮るものが見当たらない。「冬は寒さに耐えながらの制作ですヨ」と、池田さんは明るく笑っている。
おまけに「ここは傾斜地ですから…」と言いながら、道の真ん中にある作業台を指差す。見ると、水平をとるために、台の脚の長短が調節されている。そしてそのすぐ横にパレットが立ててある…「風よけです(笑)」。あとは本当に何も無い。自身の作品や原石と道具をしまうための小さな物置だけ。それでも「石彫が好きで好きでたまらない」のである。
もともとモノづくりが好きな子供だった。美術の先生になりたくて、教育学部で学んだ。大学三年の時に塑造を専攻した。モノづくりが好きだった少年は、文字通りモノづくりにのめり込んで行く。
筑波大学大学院に進み、彫塑の研究に励む。しかし「皆と同じ課題で塑像をつくる授業は、とてもつまらなかった」。池田さんはしだいにそんな授業内容を白々しく感じるようになる。「モノやかたちをつくることは、自分が生きていることの証し。自分が生きている時間を定着させたモノやかたちが、私にとっての作品なんです」。
そんな想いから池田さんは明らかに他の研究生とは違うモノづくりを始める。22枚の鉄板をただひたすら叩き続けたり、30枚もの紙を6Bの鉛筆でただひたすら塗りつぶしたり…。仲間の眼には少し奇異に映ったかも知れないが、でもその一連の創作から、自分なりの彫刻を見出すことができた。そして大学院1年目の冬に初めて石と出会い、「石彫が好きで好きでたまらない」と言う今日に至る。
その間、池田さんの石彫に対する基本的な考え方は変わっていない…それは、すべて手作業で、一打一打、ノミを落としてかたちをつくるということだ。「点で面をつくるんです。手彫りだけで石の密度を変えて、(石に)弾力や柔らかさや張りを表現する。その作業が好きで好きでたまらない」。
ノミの一打ちに入魂する池田さんにとって、『石』とは何なのか? 「石は鏡のような存在。自分の精神状態がそのまま表れるもの」とのこと。だから歳をとっても石彫を続けたい、と話す。でも相当な体力が必要ですねと言うと、「年寄りになって、《ジム通いする石彫家》なんていうのも面白いでしょ」と笑顔で答える。やっぱり石彫が好きでたまらないのだ。
◎池田吏志(自宅)
兵庫県宝塚市高司1‐2‐26‐302
TEL0797‐74‐1216
◎アトリエ:宝塚市すみれが丘4-1
写真1番上から「制作にかかろうとスミを入れる池田さん」→「ノミの一打ちに全神経を集中させる」→「池田さん愛用の道具。手彫りなので消耗は早い」→「池田さんのアトリエ。冬は北風の通り道で、中央に風除けのパレットが立てられているのが見える」→「大学院生の頃、6Bの鉛筆でひたすらぬりつぶした22枚の作品」
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