プロフィール















大阪・池田市の五月山公園は、足腰の運動にいい適度な勾配があり、緑も豊かなことから、市民の憩いの場として人々に親しまれている。平日はジョギングや犬の散歩、日向ぼっこをする老夫婦が多く、この日は近くの幼稚園から散歩に来た園児たちがガチョウのように一列に歩いていた。この長閑な公園の一角に、岩村さんのアトリエがある。岩村さんは、公共の場で日々の制作活動に励む、全国でも珍しい作家なのだ。

池田市との関わりは、七年前の「いけだ彫刻シンポジウム」から。その後、シンポジウムは十回を一区切りにして閉幕したが、文化事業に理解ある倉田市長の後押しもあって、その流れを引き継ぐものとして「公共の場である公園でのワークショップ」が実現した。岩村さんはそのテストケースの第一号であり、一ヵ月一万円でプレハブほか水道、電気代込みという条件でこの場所を借りている。制作中は、そのようすを遠巻きに不思議そうに見る人、声を掛けてくる人など様々。挨拶を交わして仲良くなり顔なじみになった人もいる。ここで制作を始めて約一年、季節はちょうど一巡りした。

「モノを作る」のは子供の頃から好きだった。学校では粘土、家ではプラモデルに熱中した。何かと個人主義を排除しようとする学校教育の中で、モノを作ることで自分らしさを表現してきた。大学では当初、絵画を専攻していたが、途中から自然の素材に惹かれて彫刻へ転向。そして幾つかの素材の中から最も拒絶感が強かった石材にのめり込んでいった。見た目はいかにも優しい(二児の)お父さんだが、実は心の奥底でフツフツと闘志を燃やすような熱血タイプなのだ。「木という素材はどこか同調するものがあって、まるで人間みたいで彫るのが怖かった」という。真季夫人は大学時代の後輩で、家で絵画教室を開く。二人の子供たちもモノを作るのが好きらしく、早くも頭角を現しつつある。血は争えない、とはまさにこのことだ。

そんな岩村さんの作品は、原石の自然な表情を残したものが多い。全体的にどっしりとした印象で、作品そのものがお父さんのようだ。石は地元豊能町産の能勢みかげ((株)下坊石材)を好んでよく使い、自然な感じを出したいときは豆矢で小割りすることも多く、その時は今ではほとんど見られなくなった鞴を使って刃先を微調整する。そして設置される環境を見越して、その場所に元々あった花壇や樹木、街灯なども作品の一部としてできるだけ取り込もうとする。作品をいかに馴染ませるか、常に周辺環境との調和を大事にしている。

「花崗岩はいわば地球の骨みたいなもので、そこには何億年という時間の中で蓄積された膨大なエネルギーが眠っている。石の表面をなるべく自然な状態で残し、あまり手を加え過ぎたり磨き過ぎず、そのパワーを引き出すようにしている」という。それは人間中心主義の世の中に対する批判・警告でもある。「石に比べたら人間なんてちっぽけな存在じゃないか。本当に今のままでいいのか。このままでいいのか」というメッセージが込められている。

それだけに制作の合間はいつも葛藤の連続だ。「ああしたらどうだろう」「こうしたらどうだろう」「ちょっと待てよ、これ以上は手を加えすぎじゃないか」。頭の中でいろんな疑問が駆け巡り、思考がぶつかり合い、深く悩んだりする。しかしこれまでの作品を見ると、そこには岩村さんの苦労や悩みは微塵も感じられない。周囲の景観に馴染み、まるで以前からそこにあったような印象さえ受けるから不思議だ。

◎岩村俊秀
住所=大阪市阿倍野区昭和町2‐8‐19
TEL=06‐6627‐4616