プロフィール


石の彫刻家の






彫刻家の三木勝さんとはいつからのお付き合いだろうか? 何だかずいぶん前から知っているような気がするし、1年に何度かは、思いがけずにどこかでひょっこりお会いする。だからと言って「作家、三木勝」の何を知っているのかと言われると、実は何も知らない。三木さんはそんな気持ちを察していたのか、『石の作品を魂(たましい)の塊(かたまり)にしたい』という手記を用意してくれた。まずはその手記から。


―燃えてしまう木、融かせば融けてしまうブロンズよりも、永久素材としての石に魅力を感じる。石こそが彫刻の素材にふさわしい。太古の昔よりある岩石を再生し、地球上の生命あるものすべての「いのちの輝き」を石に込めたい。石という永久カプセルに閉じ込めてこそ、生命は永遠に生き続けるはずだ。

西洋、中国では石の作品が一番価値があるのだそうだ。しかし日本では大きな彫刻を見たら石像でも銅像だと言われ、石像を見たらお地蔵さんだと言われ、小さな人物像はみんな人形と言われる。だから、まだ日本では石のモニュメンタルな作品は芸術と認知されていないと思う。石の重要な作品を見た経験がないのだろう。

日本はミケランジェロを持たなかった。だから民衆レベルでは、石彫作品が石工の作り物以上の認知を得ていない気がする。イサム・ノグチ、流政之…石の芸術品をつくる作家は確かに存在する。でもそれは西洋の美術文化に乗っかって遊離した所で存在するのかも。庶民レベルとは違う世界。

木の文化である日本で石の作品をつくり石彫家として生きるのは大変だ。でも、石の魅力を提案し、人々にも理解されやすい作品で見せていけば、石像の良さが分かる人が少しずつでも増えていくのではと信じてやっていくしかない。可能性はないものか。地に足の付いた仕事を、町の風景の一部としてなじむ作品を置いていけないものか―(一部省略)


もうこれで良いのかも知れない。この手記に込められた想いが、作家としての三木さんの姿なのだろう。でもこれでおしまいではあまりにも手抜き過ぎるので、少し書き足しておこう。

三木さんは「癒しの生命」をテーマに、主に少女・女性を数多く彫っている作家だ。初めて見た三木さんの作品も、確か少女像だったと思う。そのとき、何だか懐かしい感情を覚えた。人物を彫る具象作品の場合、鑑賞者の好き嫌いがその作品の評価に大きく影響する。作品が見る側に受け入れられるのは、抽象作品よりも難しいのかも知れない。

「特定のモデルではなく、普遍的で象徴的な表情を表現しています。いままでの色々なイメージを集約した表情。だから人間のようで人間ではないかも知れない。人間のかたちを借りて、『生命の根源』を表わしたいと思っています」

新しくもなく古くもない。美人とかカワイイという言葉では評価できない。もっと深いところを見つめて三木さんは創作している。でも確かに言えるのは、その均整のとれた造形の美しさ。三木さんの口からは「デッサン力」「石との真剣勝負」という言葉が何度も聞かれた。

そしてこのほど、三木さんにとって特別な作品『神農像』が完成し、新大阪駅北口近くの轄総ロ医薬品臨床開発研究所(金田平八郎社長)新社屋ビルのシンボル・モニュメントとして設置された。三木さんは常々「石文化発展のために、石屋さんと石彫家がもっとクロスオーバーしなくては…」と話している。この『神農像』の制作は本来なら石屋的仕事。いまなら中国で制作するだろう。それを「作家、三木勝」が行なったということに、三木さんは特別な意味を感じている。



◎去O木立体美術研究所
神奈川県藤沢市南藤沢7-6-504
TEL.0466−47−0278
◎アトリエ
藤沢市葛原140−28

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石膏製のモデル。これをもとに石を彫る。「彫りながらかたちを整える。デッサン力がなければできないし、石との真剣勝負です」と三木さん。


『オオキニ』(黒みかげ石)


企画から約2年を経て、2月中旬に設置された『神農像』。使用石種は台湾山崎。