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大阪芸大彫刻科を卒業後、東京・大阪で開かれる各展に精力的に出展し、さらに国内及び海外の石彫シンポジウムに参加するなど彫刻家としての経歴は実に華々しい限りだ。しかし1995〜99年まで空白の時期があり、プロフィールでは「臨済宗向嶽寺僧堂にて修行」となっている。「えっ、何で修行なの?」と誰もが不思議に思うだろう。しかし本人にしてみれば極めて自然なことで、むしろ必然的であったようだ。現在は臨済宗南禅寺派徳林庵(京都市山科区)に籍を置く正真正銘の僧侶である。
政義さんは 「彫刻と禅の修行は、その行為にどこか似た部分がある」と話す。 「宇宙の端はどうなっているのか」「死後の世界はあるのか」「人は何のために生きるのか」―もともと神秘的な世界や哲学的なテーマに高い関心を持ち、自分の内面を解き明かすこと、その表現手段として選んだのが“彫刻”だった。自然そのものである石との対話でそれを試みようとした。そして真理を究明すること、その究極のアプローチが「僧門に入る」ことだった。何かを表現することも大事だが、まずは思想を鍛えることが先決という考えもあったのかも知れない。こうして政義さんは30歳半ばにして僧侶となった。
さらに経歴を見ると、海外での活躍が目覚しい。オーストリアでは3回シンポジウムに参加し、現地の作家・住民らと様々な交流を深めたが、日本のそれとは明らかに異なるものだった。たとえ経済的に恵まれなくとも社会的に尊敬されている作家たち、それを暖かく応援してくれる町の人たち―そして自由で大らかな作品がヨーロッパの雄大な風景に溶け込んでいた。あくまでも自分が提案した規定どおりの作品を短期間で集中して作らなければならない日本ではこうはならない。またインドでは重機が用意されておらず、牛で石を運んだというエピソードも今となっては懐かしい。身近にサソリやキングコブラ?が出現するような環境だったが、言葉や文化の壁を乗り越えて何とか作品を完成させた。
近年の作品に幾つか共通しているのが、大きな石が別の石に斜めに寄りかかる構図のもの。立った状態=人為的なもの、寝かせた状態=自然なものとして、その中間の状態を表現したもので、これを見ると一瞬その場の重力が変わったような錯覚に陥るという不思議な作品だ。石の存在感とそこに託したメッセージをしっかり伝えるべく比較的スケールの大きい作品が多い。普段は拒コ松石材商会(京都・中京区)の置き場を間借りして制作している。
今は僧侶としての日々が忙しいため一時的に石彫の制作を休んでいるが「いずれ再開したい」という。「以前は自分のために作っていたが、今は見る人の気持ちを癒したり喜ばせたり人のために作りたい、そういう心境です」と話す。今年10月より徳林庵の住職になる予定であり、果して住職としての初作品がどのようなものに仕上がるのか今から待ち遠しい。
なお徳林庵は「京の六地蔵めぐり」のひとつで、東海道沿いの山科地蔵がある寺院として有名。お堂の後に蝉丸(人康親王)の供養塔がある。六地蔵めぐりは800年続く伝統行事で、毎年、8月22日、23日に開催。他の5つは大善寺(伏見区、奈良街道)の伏見六地蔵、浄禅寺(南区、西国街道)の鳥羽地蔵、地蔵寺(西京区、山陰街道)の桂地蔵、源光寺(右京区、周山街道)の常盤地蔵、上善寺(北区、鞍馬街道)の鞍馬口地蔵となっている。
◎臨済宗南禅寺派徳林庵
住所=京都市山科区四ノ宮泉水町16
TEL=075‐583‐0353 |