「小学校の卒業文集を最近ふと開いてみたら、〔将来の夢〕の欄に『彫刻家になりたい!』って書いてあるんです。自分でもすっかり忘れていたから、ビックリしましたね。実際に彫刻家という仕事を意識したのは高校生(大学進学)の時で、その時も卒業文集のことは忘れていた。でもこうして今、その通りに石の彫刻をしているから、おもしろいですね」
佐善圭さんのアトリエは習志野市内の住宅街の中にある。JR幕張本郷の駅から、閑静な住宅地を抜けるとうっそうと樹木に覆われた長屋風の建物に突き当たる。その一棟が佐善さんのアトリエだ。
「ここは現在、彫刻家や画家など7名の芸術家がアトリエとして使用しています。約30年の歴史があって、大家の石橋亘さんも石彫(千葉・歩会)をやられています。さしずめ『アトリエ長屋』と言った所でしょうか」と笑う。ここでは1トンくらいまでの作品の制作がメイン。それ以上の大型の作品は、茨城・稲田の山ニ石材(小池忠社長)の工場を借りて制作する。「私が石彫を続けられるのは、周りの皆さんの理解があるからです」と佐善さんは話す。
佐善さんが小学校の卒業文集に『彫刻家になりたい』と書いたのには、それなりの経緯がある。
「よく父に付いて、一緒に展覧会に行って、そのたびに必ず粘土を買ってもらっていました。家に帰ると図鑑などを見ながら動物や植物を一生懸命つくっていた。その頃からモノづくりが好きだったんですね。かたちが出来上がるのが嬉しかった」
その後、大学・大学院で彫刻を学び、でも学びながら「石彫のつまらなさ」にも気付く。それは「(作品に)動きがない」から。「動くような作品をつくりたい。気が付くと少しずつ移動したり、回転してたり…。石が勝手に動いていたら面白いじゃないですか。ひょっとしたらこの石は動くんじゃないか、と思わせる作品をつくりたいと思っていました」
そのイメージから、その頃の佐善さんの作品にはいくつものトゲのような突起物がつくられている。ザワザワと動き出しそうな印象を受ける。
「よく『石彫家には技術は必要ない』と言われますよね、でも私はそうは思いません。自分の表現の幅を広げるためには技術は絶対に必要です」
その技術を習得するために、佐善さんは文化庁の在外研修員として、イタリアへ渡った。大理石の街、ピエトラサンタの工房で2年間びっしりと彫刻に没頭し、ワザを磨く。その間にも、イタリアはもちろんドイツ等で個展を開く。しかもすべてギャラリー側から依頼された企画展というからすごい。個展を開けば、日本では考えられないような勢いで作品が売れ、それと同時に「ケイ・サゼン」という名は広まる。結局、2年間の滞在予定が、3年になった。
イタリアへ渡り、技術を習得し、表現の幅が広がるにつれ、自分の作品も変わる。「いまは心、ハートをかたちにしたいと思っています」と佐善さん。そのため大理石を使用して、心(心臓)をモチーフに、自分のイメージをかたちに表現する。「心の通い合い、ですね。だから作品には触ってもらいたい。そこから何かやわらかくて、温かい感情を伝えられたら良いなと思っています」。
最近は、「石に近づきすぎて、石彫を始めた頃に感じたドキドキ感がなくなりそう」と話す佐善さん。若い頃のように自分の表現(かたち)を探して、ハラハラしながら新鮮な気持ちで石と向き合いたい、と言う。「女性と同じなんですよ」と笑った。
◎佐善圭(自宅)
千葉県千葉市美浜区幸町1‐5‐2‐721
TEL043‐245‐0149
◎アトリエ:千葉県習志野市鷺沼台3-13-21 |
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▲イタリア・ピエトラサンタにある“サンタ・アゴスティーノ教会”での個展

▲2001年日向現代彫刻展で大賞を受賞した作品「心あわせて」

▲第66回新制作展に出品した
作品「命の門」 |